2007年05月27日
熊野山中で武道合宿-恐れと感謝
不肖ハシモト、和歌山県は熊野の山の中、武道の合宿に参加して参りました。
以前、青山スパイラルホールでダンサーのために開かれた武道ワークショップとして紹介した、日野晃先生の武道場だ。
あのとき、これは自分の人生にとって非常に重要だ!と認識しながら、一日目しか行けなかった無念から(詳細は感激ログ「人と向き合うー武道に学ぶをご参照下され。)、当日会場でもらったリーフレット記載の「熊野道場での合宿」に、いつか必ず!!と心の中で誓ったのだった。
しかしてチャンスはやってきた。
ハシモトが現在お務めの会社では(ええ、ええ、ちゃんとお務めしてます!)、決算月が通常と異なり、まもなく今年度の所定休が消滅してしまうというのだ!新入社員としてなるべく休まずまじめぶりっ子していた(?)ハシモト、これを使わずしてど〜する!?
調べると、月に1度、1泊2日で行われている合宿(「武禅一の行」と呼ばれています)が、この月は久々に2泊3日であるという。タイミング的にも忙しくないし、白浜空港行きの飛行機も残席あり!!
行きたい!!行ける!!さぁ申し込み!
.....と思いつつ、なぜか、最後の申し込みボタンを押すのがためらわれ、「まぁ明日じっくり考えればいいや」とこの日はスルー。翌日会社で「やっぱり行きたいなぁ。さっさと申し込もう!」と決意。
しかししかし、夜になりいざ日野武道研究所の申し込みページを開くと、なにかこれが非常〜〜〜〜にためらわれる。
武道だから?和歌山だから?山の中でマッチョな男の子(オノコと読んで欲しい)どもに囲まれ、か弱い乙女一人だったらどうしよう!?と思うから??.....いやいやそんなことは恐れるに足りない。そんなこと少しも心配じゃない。ましてや、行けば必ず得るものがあると確信している。
なのになのに、なぜこのページから先の一歩が踏み出せないんだぁ〜〜〜〜!?
もちろん、自分の怖じ気心を叱咤激励し、勇気を奮って申し込みをしたから行けたのだけどね(^^;)
おっ!と思ったら結構気軽にどんなセミナーやワークショップにも申し込んでしまうハシモトなので、こんなにためらわれたのは我ながら良くわからない。しかも行ったことがあって、その価値も分かっているのにだよ〜〜〜〜〜
そして合宿から帰って来た夜、空港に迎えにきてくれたダーリンは、私の顔を見るなり「疲れてるね」と笑った。
疲れているか疲れていないかと言えば、疲れているだろう。2泊3日、見知らぬ十数名と生活をともにし、慣れぬ武道の入り口に立ち、容赦なくぶつかり合い、夜は夜で更けるまで語り合ったのだから。目の回りにクマもできていたに違いない。
しかし私の感覚は「疲れている」とは全く違うものだった。いや、疲れているんだけど....
なんというか、体温が一度上がった感じ。むしろ、エネルギーが高まっていて、体内は活発に細胞が動きまくっている感じ。
もっと言えば、容赦ない感じ(^^;)。ドイツもコイツも生ぬるいわ〜!しゃきっとせんかい!!と怒鳴りつけたい感じ(^^;)(いや、もともとハシモトはそう思いながらこの都会生活を営んでいるのだが(^^;)もっとその、「しゃきっと」要求が高まった感じ!)
家に帰って鏡を見ると、現代生活にそぐわないほど目だけが鋭さを増しているような気がする(^^;)
加えて、大声を出し合うワークがあったので、恥ずかしながらハシモトの声はしわがれてドスが効いている!?......コワイ〜
誤解がないように言うと、武道合宿と言っても、そこで行われていることは少年マンガに出て来るような「力が正義!」的なことでは全くない。私たちは互いに投げ合うこともなかったし、互いに戦うこともなかったし、傷つけ合うことも、取っ組み合うことさえなかった。
だけどそこにあったのは、もっと激しい、もっと真剣な、もっと切実な「ぶつかり合い」だったのだけど......
何をするかというと、青山でのダンスワークショップと基本は同じ。全く同じ。
相手の前に「いる」。互いに向かい合って正面を取る。「こんにちは」を相手に届ける。相手に触れる。相手と同時に動く。歌を相手に届ける。.......
.....単純にしか思えないよね?だからなんなんだ、それが何で武道なのだと思うよね?
だけど、これらの単純に見える、日常行われている小さな一つ一つでさえ、全くできていない、できない、したことのないまま生きてきた自分に出会う。
わかることは、できていない、ということ。できている状態と自分の状態があまりに違うということ。それだけ。どうしたら良いのか???どうしたらできるようになるのか???と考えれば考えるほど、ますますできなくなっていき、アリ地獄のような底へ落ちて行って這い上がれない。
苦しい。苦しかったです。
できないとかできているとか、自分の感性、自分が何を見て感じているのかさえ信じられなくなりながら、でも頼るものは自分の感性しかなく、相手の言葉と、自分の見ているもの、感じているものに耳を澄まして、一瞬たりとも気を抜くことは許されない。
....2泊3日の合宿が終わり、私が得た最大の収穫は、「感謝の心を知った」ということです。
なんじゃそりゃって思うかな??
わたし、初めて知ったんだけど、今まで誰にも感謝したことなんかなかった。ありがとう、とか、感謝します、とか言いながら、全然心は「感謝」なんかしてなかった。のだと気付いた。
なぜって、合宿の最後に心の奥底から沸き上がって抑えられなくなったこの心こそ、「感謝」だとわかったから。
何一つできず、口にする言葉さえ真偽のほどが疑われるような私。その私は私なりに、少なくとも精いっぱいここにいようとした。みんなと、一人一人と向かい合おうとした。
それに対して、みんな、わたしの兄弟子たちも、受け止めよう、対峙しよう、真剣に向かい合おうとしてくれた。
わたしたちがそこに「いる」こと、「むかいあう」こと、相手に「届ける」こと、それらは、まだ全然できていないことかも知れない。でも少なくとも全員それに向かって自分の持てるものを一生懸命出し切って、努力した。
拙いわたしの努力を、皆が支えてくれたこと、それに、私は心から感謝した。
受け止めてくれる相手がいなければ、ここでした私の努力は何一つ存在しなかったことになる。
そうなのだ。人は、相手が真剣に向かい合ってくれたことに対して「感謝する」のだ。
そして、合宿の最後に、互いに向かい合って「ありがとうございました」と(泣きながら)頭を下げたとき、この3日間やってきたことの本質をやっと了解することができた。
「相手に」伝える。「私が」ではなく。
「伝えたいから伝える」。「どうしても伝えなければならないことだから」。
「どう伝えるか」ではない。「どうしたら伝えられるか」でもない。ただ「伝える」のだ。
今私の心の中をいっぱいにして溢れ出ているこの感謝を、私はみんなに伝えなければならない。伝えなければならないし、伝える。心からその言葉を口にする。相手に。まっすぐ。伝わらないはずはない。
そして私は、私が幼少時よりずっと抱いてきた違和感の正体はこれだったのだ、と思った。
なぜだか全然わからないけれど、ものすごく小さい時から私は、「なんだか違う」と思い続けて生きてきたのだが、これ、この感覚、誰も真剣に向かい合っていないということ、なのにみんな自分たちは向かい合って生きていると疑わないこと、この矛盾、このすれ違い、これこそが私をもがかせる「なにか」だったのに違いない。
「真剣に」「向かい合う」。
でもみんな言うだろうな。「いや、向き合ってるよ、幸せだよ、真剣だよ」って。私もそう言っただろう。この武道合宿を経験する前ならば。
「真剣」というのは......これも私は武道合宿に来て初めて知ったのだが、「真剣」なのだ。本当に。つまり、「木刀」ではなく。「真剣勝負」とは、「真剣で」勝負すること。つまり、命をかけて向かい合うことだ。
....なんで「真剣」という言葉が、こんな風に人口に膾炙し、意味を薄めてしまったんだろう??
つまり「真剣に向かい合う」とは、「命を賭けて相手と対峙する」ということなのだ。
そんな風に「真剣に」誰かと向かい合ったことがありますか?
......私はなかった!もちろん!何をするにしても命なんかかかってなかった。
思えば、なんて命を粗末にしてきたんだろう。
だってさ、生きているということは、私たち一人一人に命が宿っているということだ。人と人が出会うとは、関わるとは、命と命が出会うことであり、命と命が関わることだ。
それなのに、なんで命と命で向かい合わずに、誰かと出会ったり、関わったり、こんにちはと挨拶を交わしたり、好きだとか嫌いだとか、分かってくれるとかくれないとか、そんなことをできていると思っていたんだろう????
なんにもできていませんでした!!!
.....思うに、この、できていない自分と出会うことの恐ろしさを予感していたからこそ、あんなに申し込みに勇気が必要だったんだと、今ならわかる。
他にもたくさんたくさん、まだ自分のなかで消化されていない出来事や言葉がある。この道を歩いて行くに連れて、ひとつひとつが「あ!そうか!」とわかるようになるに違いない。いや、頭でわからなくてもいい。できるようになりたい!
明日からも、「真剣に向かい合うこと」を忘れずに生きていきたい。
重要なことを気付かせてくれた、日野先生、和子先生、みんな、本当にありがとうございました!
また合宿で会いましょう!(^^)
関連する記事へのリンク(別ウィンドウで開きます)
■興味を持たれた方は是非!!!日野武道研究所のホームページ
■日野先生のワークショップ@青山Feel & connect 体験記はこちら(^^)
以前、青山スパイラルホールでダンサーのために開かれた武道ワークショップとして紹介した、日野晃先生の武道場だ。
あのとき、これは自分の人生にとって非常に重要だ!と認識しながら、一日目しか行けなかった無念から(詳細は感激ログ「人と向き合うー武道に学ぶをご参照下され。)、当日会場でもらったリーフレット記載の「熊野道場での合宿」に、いつか必ず!!と心の中で誓ったのだった。
しかしてチャンスはやってきた。
ハシモトが現在お務めの会社では(ええ、ええ、ちゃんとお務めしてます!)、決算月が通常と異なり、まもなく今年度の所定休が消滅してしまうというのだ!新入社員としてなるべく休まずまじめぶりっ子していた(?)ハシモト、これを使わずしてど〜する!?
調べると、月に1度、1泊2日で行われている合宿(「武禅一の行」と呼ばれています)が、この月は久々に2泊3日であるという。タイミング的にも忙しくないし、白浜空港行きの飛行機も残席あり!!
行きたい!!行ける!!さぁ申し込み!
.....と思いつつ、なぜか、最後の申し込みボタンを押すのがためらわれ、「まぁ明日じっくり考えればいいや」とこの日はスルー。翌日会社で「やっぱり行きたいなぁ。さっさと申し込もう!」と決意。
しかししかし、夜になりいざ日野武道研究所の申し込みページを開くと、なにかこれが非常〜〜〜〜にためらわれる。
武道だから?和歌山だから?山の中でマッチョな男の子(オノコと読んで欲しい)どもに囲まれ、か弱い乙女一人だったらどうしよう!?と思うから??.....いやいやそんなことは恐れるに足りない。そんなこと少しも心配じゃない。ましてや、行けば必ず得るものがあると確信している。
なのになのに、なぜこのページから先の一歩が踏み出せないんだぁ〜〜〜〜!?
もちろん、自分の怖じ気心を叱咤激励し、勇気を奮って申し込みをしたから行けたのだけどね(^^;)
おっ!と思ったら結構気軽にどんなセミナーやワークショップにも申し込んでしまうハシモトなので、こんなにためらわれたのは我ながら良くわからない。しかも行ったことがあって、その価値も分かっているのにだよ〜〜〜〜〜
そして合宿から帰って来た夜、空港に迎えにきてくれたダーリンは、私の顔を見るなり「疲れてるね」と笑った。
疲れているか疲れていないかと言えば、疲れているだろう。2泊3日、見知らぬ十数名と生活をともにし、慣れぬ武道の入り口に立ち、容赦なくぶつかり合い、夜は夜で更けるまで語り合ったのだから。目の回りにクマもできていたに違いない。
しかし私の感覚は「疲れている」とは全く違うものだった。いや、疲れているんだけど....
なんというか、体温が一度上がった感じ。むしろ、エネルギーが高まっていて、体内は活発に細胞が動きまくっている感じ。
もっと言えば、容赦ない感じ(^^;)。ドイツもコイツも生ぬるいわ〜!しゃきっとせんかい!!と怒鳴りつけたい感じ(^^;)(いや、もともとハシモトはそう思いながらこの都会生活を営んでいるのだが(^^;)もっとその、「しゃきっと」要求が高まった感じ!)
家に帰って鏡を見ると、現代生活にそぐわないほど目だけが鋭さを増しているような気がする(^^;)
加えて、大声を出し合うワークがあったので、恥ずかしながらハシモトの声はしわがれてドスが効いている!?......コワイ〜
誤解がないように言うと、武道合宿と言っても、そこで行われていることは少年マンガに出て来るような「力が正義!」的なことでは全くない。私たちは互いに投げ合うこともなかったし、互いに戦うこともなかったし、傷つけ合うことも、取っ組み合うことさえなかった。
だけどそこにあったのは、もっと激しい、もっと真剣な、もっと切実な「ぶつかり合い」だったのだけど......
何をするかというと、青山でのダンスワークショップと基本は同じ。全く同じ。
相手の前に「いる」。互いに向かい合って正面を取る。「こんにちは」を相手に届ける。相手に触れる。相手と同時に動く。歌を相手に届ける。.......
.....単純にしか思えないよね?だからなんなんだ、それが何で武道なのだと思うよね?
だけど、これらの単純に見える、日常行われている小さな一つ一つでさえ、全くできていない、できない、したことのないまま生きてきた自分に出会う。
わかることは、できていない、ということ。できている状態と自分の状態があまりに違うということ。それだけ。どうしたら良いのか???どうしたらできるようになるのか???と考えれば考えるほど、ますますできなくなっていき、アリ地獄のような底へ落ちて行って這い上がれない。
苦しい。苦しかったです。
できないとかできているとか、自分の感性、自分が何を見て感じているのかさえ信じられなくなりながら、でも頼るものは自分の感性しかなく、相手の言葉と、自分の見ているもの、感じているものに耳を澄まして、一瞬たりとも気を抜くことは許されない。
....2泊3日の合宿が終わり、私が得た最大の収穫は、「感謝の心を知った」ということです。
なんじゃそりゃって思うかな??
わたし、初めて知ったんだけど、今まで誰にも感謝したことなんかなかった。ありがとう、とか、感謝します、とか言いながら、全然心は「感謝」なんかしてなかった。のだと気付いた。
なぜって、合宿の最後に心の奥底から沸き上がって抑えられなくなったこの心こそ、「感謝」だとわかったから。
何一つできず、口にする言葉さえ真偽のほどが疑われるような私。その私は私なりに、少なくとも精いっぱいここにいようとした。みんなと、一人一人と向かい合おうとした。
それに対して、みんな、わたしの兄弟子たちも、受け止めよう、対峙しよう、真剣に向かい合おうとしてくれた。
わたしたちがそこに「いる」こと、「むかいあう」こと、相手に「届ける」こと、それらは、まだ全然できていないことかも知れない。でも少なくとも全員それに向かって自分の持てるものを一生懸命出し切って、努力した。
拙いわたしの努力を、皆が支えてくれたこと、それに、私は心から感謝した。
受け止めてくれる相手がいなければ、ここでした私の努力は何一つ存在しなかったことになる。
そうなのだ。人は、相手が真剣に向かい合ってくれたことに対して「感謝する」のだ。
そして、合宿の最後に、互いに向かい合って「ありがとうございました」と(泣きながら)頭を下げたとき、この3日間やってきたことの本質をやっと了解することができた。
「相手に」伝える。「私が」ではなく。
「伝えたいから伝える」。「どうしても伝えなければならないことだから」。
「どう伝えるか」ではない。「どうしたら伝えられるか」でもない。ただ「伝える」のだ。
今私の心の中をいっぱいにして溢れ出ているこの感謝を、私はみんなに伝えなければならない。伝えなければならないし、伝える。心からその言葉を口にする。相手に。まっすぐ。伝わらないはずはない。
そして私は、私が幼少時よりずっと抱いてきた違和感の正体はこれだったのだ、と思った。
なぜだか全然わからないけれど、ものすごく小さい時から私は、「なんだか違う」と思い続けて生きてきたのだが、これ、この感覚、誰も真剣に向かい合っていないということ、なのにみんな自分たちは向かい合って生きていると疑わないこと、この矛盾、このすれ違い、これこそが私をもがかせる「なにか」だったのに違いない。
「真剣に」「向かい合う」。
でもみんな言うだろうな。「いや、向き合ってるよ、幸せだよ、真剣だよ」って。私もそう言っただろう。この武道合宿を経験する前ならば。
「真剣」というのは......これも私は武道合宿に来て初めて知ったのだが、「真剣」なのだ。本当に。つまり、「木刀」ではなく。「真剣勝負」とは、「真剣で」勝負すること。つまり、命をかけて向かい合うことだ。
....なんで「真剣」という言葉が、こんな風に人口に膾炙し、意味を薄めてしまったんだろう??
つまり「真剣に向かい合う」とは、「命を賭けて相手と対峙する」ということなのだ。
そんな風に「真剣に」誰かと向かい合ったことがありますか?
......私はなかった!もちろん!何をするにしても命なんかかかってなかった。
思えば、なんて命を粗末にしてきたんだろう。
だってさ、生きているということは、私たち一人一人に命が宿っているということだ。人と人が出会うとは、関わるとは、命と命が出会うことであり、命と命が関わることだ。
それなのに、なんで命と命で向かい合わずに、誰かと出会ったり、関わったり、こんにちはと挨拶を交わしたり、好きだとか嫌いだとか、分かってくれるとかくれないとか、そんなことをできていると思っていたんだろう????
なんにもできていませんでした!!!
.....思うに、この、できていない自分と出会うことの恐ろしさを予感していたからこそ、あんなに申し込みに勇気が必要だったんだと、今ならわかる。
他にもたくさんたくさん、まだ自分のなかで消化されていない出来事や言葉がある。この道を歩いて行くに連れて、ひとつひとつが「あ!そうか!」とわかるようになるに違いない。いや、頭でわからなくてもいい。できるようになりたい!
明日からも、「真剣に向かい合うこと」を忘れずに生きていきたい。
重要なことを気付かせてくれた、日野先生、和子先生、みんな、本当にありがとうございました!
また合宿で会いましょう!(^^)
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■興味を持たれた方は是非!!!日野武道研究所のホームページ
■日野先生のワークショップ@青山Feel & connect 体験記はこちら(^^)
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この記事へのコメント
1. Posted by おおかみ
2007年11月27日 13:55
思っていたことを書かれた気がしました。最後の日の、レッスン毎、別れ際の挨拶に、感謝を乗せて「ありがとうございました」と伝えたつもり。つもりの辺りが正直不安ですが、今の自分では精一杯でした。
また向かい合いましょう。きっと、いや絶対、成長しています。お互いね。
2. Posted by
ハシモトユウコ
2007年11月28日 21:51
ようこそ!読んで下さってありがとう。
しかし目ざといね〜(^^)
「つもり」でしかないかもしれませんが、
自分のこともそれしかわからないというのも
私たちの実力でしょう。
せめて「つもり」ではなく、
「OK!(和子先生のようにぴかぴかの笑顔で)」と
言える自分になりたいものです。
またお会いしましょう。
3. Posted by 園田郁実
2007年12月04日 16:19
同室でお世話になりました、園田です。
お会いできて、武禅の時間を共有してくださって有難うございました!!
私も参加は勇気が要りましたが、3日間過ごさせていただいて良かったです!!
今過ごしている日常が常に本物でありますように・・・
またお会いできるといいですね。楽しみにしています!!
お会いできて、武禅の時間を共有してくださって有難うございました!!
私も参加は勇気が要りましたが、3日間過ごさせていただいて良かったです!!
今過ごしている日常が常に本物でありますように・・・
またお会いできるといいですね。楽しみにしています!!
4. Posted by
ハシモトユウコ
2007年12月04日 21:45
こちらこそ、楽しかったね!!
ところでこの記事は私が初めて合宿に参加した時の昔の話なのだ...
また熊野で?お会いしましょう。








