2007年10月08日
インド・イラン・ウズベキスタンからギリシャ悲劇
インド・イラン・ウズベキスタンからギリシャ悲劇を招聘するというので行ってきた。いかにもハシモト好みの企画!国際交流基金さん、いつも興味深いパフォーミングアーツの紹介、本当にありがとうございますm(_ _)m
題してインド・イラン・ウズベキスタン・日本コラボレーション『演じる女たち〈三部作〉ーギリシャ悲劇からの断章』@文化村シアターコクーン
第一部はウズベキスタンから「メデイア」を、第二部はイランから「イオカステ」を、第三部はインドから「ヘレネ」を。
ギリシャ悲劇の女性たちに焦点をあてて描くというもの。
で、面白かったのはイランの「イオカステ」!!イオカステはオイディプスの生みの親で、つまり、後に自分の旦那を殺した息子と結婚してしまう宿命の母。
その衝撃的な人生とは裏腹に、イオカステに注目した作品って、寡聞にして私は知らない。(通常、もちろん『オイディプス王』のタイトル通り、オイディプスの生涯に焦点が当たっている。心理学においても、エディプス・コンプレックスとは言うがイオカステ・コンプレックスというのはない(^^;))
私だってこの芝居を見るまで、オイディプスの母親が「イオカステ」という名前だったことさえ忘れてた(^^;)
だけど、よくよく考えたらすごい人生よね。自分が昔捨てた息子が、旦那が死んだ後の新しい恋人だなんて。
だから、その着眼点がすごい。後から思えば。(それに比べると「メデイア」も「ヘレネ」も主役級の登場人物だから、普通と言えば普通。)
でもそんなことより前に、その舞台化がとても面白かった。
すごく現代に引き寄せているのだ。
「ギリシャ悲劇の登場人物」としてのイオカステではなく、新しい恋人とじゃれ合う女性、自分が捨てた過去に脅かされて夜中に目を覚ます女性、今もいそうな、一人の普通の女性として描かれていて、それが却って、自分の選択と思いながら運命という名の神の前に翻弄され苦悩する小さな人間を(つまりギリシャ悲劇の普遍的テーマを)描き出している。
無駄を排したシンプルな装置や衣装、セリフ、言葉の使い方もエッジが効いていて、非常に洗練された作品だった。
なんだかフランスのコンテンポラリー・ダンスの舞台を見ているよう。
う〜ん。面白〜い。
演出のモハメド・アゲバティさんはこれからも注目かも。
他の2作品は、正直言って面白くなかった。昔の日本のアングラ学生演劇でも見ているみたいで(^^;)
見た目は派手で、なんだかうなってるんだけど、中身が薄いというか、形だけ?
ところでところで、帰り際、私の後ろの席に座っていたおばさん三人が感想を話しているのを耳にした。曰く、「二つ目のが一番分からなかった」と。「後の二つは分かりやすくて面白いけど」。
う〜〜〜〜ん。そうかぁ。そうなのかぁ。
確かに、抽象度は「イオカステ」が一番高かった。断片的なシーンを再構成して繰り返したり、時間が進行順じゃなかったり、「わかりやすく」はなかった。だけどだけど.....
インド・イラン・ウズベキスタンからギリシャ悲劇、なんて言って見にくるんだもの、彼女たちは演劇好きの中でも相当コアな、志の高いお客さんと言えるだろう。その彼女たちにとってさえ、「イオカステ」の価値は「わからない」ものなのか.....
う〜ん。う〜ん。
その昔、アメノウズメが天岩戸の前でおっぱいをびろ〜んと見せた(と私は勝手に想像しているが、遠くはないと思う)、その舞台を究極のポピュラリティ=大衆性とするならば、高じておじいちゃんがお面をつけてすり足で一歩進む、その一歩が親が子を探し求めてさまよう千里なんだという極度の抽象性をすなわち「芸術」と呼べようか。
「親が子を探し求めてさまよう千里」に涙する心は誰にでもあると思うが、要はその「見せかけの一歩」に込められた「意味」を読み取ることができるか否か、が観客の「リテラシー」だと思うのだが.....
こんな芝居を見にくる好事家のおばさまたちでもダメだったか.....
関東圏に生息するという5000人のダンスファンに見せた方が受けが良かったかもなぁ。
軽くショックを受けながら帰って来ました。
あ、ところで「演じる女たち」っていうタイトルは良くないなぁ。
演じている女優たちにフォーカスしたいのか??
「演劇」とは「演じている」のが大前提で、なおかつ「演じているとは思えない」体験をしに観客はわざわざ作り事を見に来るので。
敢えて「演じる」「女たち」というのはなに?なんのこと??
女というのは作為的な生き物だよってこと???(^^;)
関連する記事へのリンク(別ウィンドウで開きます)
■今回の芝居の紹介ページインド・イラン・ウズベキスタン・日本コラボレーション『演じる女たち〈三部作〉ーギリシャ悲劇からの断章』
■いつも興味深い企画で人生を潤してくれる国際交流基金。メルマガに登録するとお知らせが来るよ!
■人類の宝です!ギリシャ悲劇、今読んでも面白い!血がたぎるぜ!なかでもソフォクレスは一番読みやすいと思う。折に触れ読み返すべし!『オイディプス王』
■おまけ;ママと寝ちゃう息子をさらりと描いたルイ・マルの『好奇心』
題してインド・イラン・ウズベキスタン・日本コラボレーション『演じる女たち〈三部作〉ーギリシャ悲劇からの断章』@文化村シアターコクーン
第一部はウズベキスタンから「メデイア」を、第二部はイランから「イオカステ」を、第三部はインドから「ヘレネ」を。
ギリシャ悲劇の女性たちに焦点をあてて描くというもの。
で、面白かったのはイランの「イオカステ」!!イオカステはオイディプスの生みの親で、つまり、後に自分の旦那を殺した息子と結婚してしまう宿命の母。
その衝撃的な人生とは裏腹に、イオカステに注目した作品って、寡聞にして私は知らない。(通常、もちろん『オイディプス王』のタイトル通り、オイディプスの生涯に焦点が当たっている。心理学においても、エディプス・コンプレックスとは言うがイオカステ・コンプレックスというのはない(^^;))
私だってこの芝居を見るまで、オイディプスの母親が「イオカステ」という名前だったことさえ忘れてた(^^;)
だけど、よくよく考えたらすごい人生よね。自分が昔捨てた息子が、旦那が死んだ後の新しい恋人だなんて。
だから、その着眼点がすごい。後から思えば。(それに比べると「メデイア」も「ヘレネ」も主役級の登場人物だから、普通と言えば普通。)
でもそんなことより前に、その舞台化がとても面白かった。
すごく現代に引き寄せているのだ。
「ギリシャ悲劇の登場人物」としてのイオカステではなく、新しい恋人とじゃれ合う女性、自分が捨てた過去に脅かされて夜中に目を覚ます女性、今もいそうな、一人の普通の女性として描かれていて、それが却って、自分の選択と思いながら運命という名の神の前に翻弄され苦悩する小さな人間を(つまりギリシャ悲劇の普遍的テーマを)描き出している。
無駄を排したシンプルな装置や衣装、セリフ、言葉の使い方もエッジが効いていて、非常に洗練された作品だった。
なんだかフランスのコンテンポラリー・ダンスの舞台を見ているよう。
う〜ん。面白〜い。
演出のモハメド・アゲバティさんはこれからも注目かも。
他の2作品は、正直言って面白くなかった。昔の日本のアングラ学生演劇でも見ているみたいで(^^;)
見た目は派手で、なんだかうなってるんだけど、中身が薄いというか、形だけ?
ところでところで、帰り際、私の後ろの席に座っていたおばさん三人が感想を話しているのを耳にした。曰く、「二つ目のが一番分からなかった」と。「後の二つは分かりやすくて面白いけど」。
う〜〜〜〜ん。そうかぁ。そうなのかぁ。
確かに、抽象度は「イオカステ」が一番高かった。断片的なシーンを再構成して繰り返したり、時間が進行順じゃなかったり、「わかりやすく」はなかった。だけどだけど.....
インド・イラン・ウズベキスタンからギリシャ悲劇、なんて言って見にくるんだもの、彼女たちは演劇好きの中でも相当コアな、志の高いお客さんと言えるだろう。その彼女たちにとってさえ、「イオカステ」の価値は「わからない」ものなのか.....
う〜ん。う〜ん。
その昔、アメノウズメが天岩戸の前でおっぱいをびろ〜んと見せた(と私は勝手に想像しているが、遠くはないと思う)、その舞台を究極のポピュラリティ=大衆性とするならば、高じておじいちゃんがお面をつけてすり足で一歩進む、その一歩が親が子を探し求めてさまよう千里なんだという極度の抽象性をすなわち「芸術」と呼べようか。
「親が子を探し求めてさまよう千里」に涙する心は誰にでもあると思うが、要はその「見せかけの一歩」に込められた「意味」を読み取ることができるか否か、が観客の「リテラシー」だと思うのだが.....
こんな芝居を見にくる好事家のおばさまたちでもダメだったか.....
関東圏に生息するという5000人のダンスファンに見せた方が受けが良かったかもなぁ。
軽くショックを受けながら帰って来ました。
あ、ところで「演じる女たち」っていうタイトルは良くないなぁ。
演じている女優たちにフォーカスしたいのか??
「演劇」とは「演じている」のが大前提で、なおかつ「演じているとは思えない」体験をしに観客はわざわざ作り事を見に来るので。
敢えて「演じる」「女たち」というのはなに?なんのこと??
女というのは作為的な生き物だよってこと???(^^;)
関連する記事へのリンク(別ウィンドウで開きます)
■今回の芝居の紹介ページインド・イラン・ウズベキスタン・日本コラボレーション『演じる女たち〈三部作〉ーギリシャ悲劇からの断章』
■いつも興味深い企画で人生を潤してくれる国際交流基金。メルマガに登録するとお知らせが来るよ!
■人類の宝です!ギリシャ悲劇、今読んでも面白い!血がたぎるぜ!なかでもソフォクレスは一番読みやすいと思う。折に触れ読み返すべし!『オイディプス王』
■おまけ;ママと寝ちゃう息子をさらりと描いたルイ・マルの『好奇心』
2007年10月04日
スティーブン・キング『ミザリー』を舞台で
スティーブン・キングの小説、『ミザリー』を舞台化するというので、見に行く。
スティーブン・キングというのは大変人気のある作家のようだが、純文学派のハシモトとしては例によって読んだことがない。だから「あの小説を舞台化!?」という期待感は全くなくて、じゃあなんで見に行ったかというと、企画として興味を持ったのだ。
演劇なんて見たことがない人も、「スティーブン・キングのあの」であれば足を運ぶのかな?しかも役者がまた「渡辺えり子」「小日向文世」だもんな。そこそこの出来は期待できるのではないか?
念のためダーリンを誘ってみるが、あまり興味はないらしく、同行は遠慮された。私よりはスティーブン・キングに興味ありそうと思ったんだけどな〜??
平日、18:30の新宿。大嫌いな汚い町の、汚い一角、シアターアプル。ホント最悪の汚さよね、新宿。大嫌い。
こんな時間に見にくる客は誰だろう?と思って場内を見回すと、これが結構年齢層高め。おじさん多し。へ〜。これが、アプルの客層なのか、渡辺えり子のファンなのか、「スティーブン・キング」だから集まった客なのかは全く不明。みんな仕事してなくて大丈夫なんだろうか?
話は、知っている方も多いかも知れないが、念のためさらっと書いとくと、ハーレクインみたいな大衆レディースロマン小説作家として成功しているポール(小日向文世)が、田舎で自動車事故に遭う。助けてくれた元看護婦アニー(渡辺えり子)はポール作品の大ファンなんだけど、ポールが大好きなシリーズ「ミザリー」を終わらせようとしてると知ると、続きを書かせようとポールを監禁、あの手この手で脅す、というもの。
で、どうだったかというと、う〜ん。全然ダメだったぁ〜
まず、渡辺えり子のアニーが怖くない。
いや、斧を持ち出してポールの足を切断したり(それを舞台上で「やる」)、そう言う意味では怖いんだけど、怖いだけっていうか。ただの過激な人って感じで全然共感できない。
私の想像していたのは(そして期待していたのは)、愛と憎しみ、尊敬と軽蔑が表裏一体であるところの狂気、その恐ろしさだったんだけど....
つまり、端的に言うと、『何がジェーンに起ったか?』(What ever happened to Baby Jane?)のベティ・デイビスを私は期待してた!
これ、見た??見てなかったら絶対見て!!!名作です。これを見ずして人間の狂気を語るな、描くなって感じ。
もうものすご〜〜〜〜〜〜〜〜く怖いから!人間の業の深さ、恐ろしさ、心の闇を描ききって、哀しい。愛おしい。尋常じゃない。
有名になった女優の姉に嫉妬し、憎み、痛めつけ、追いつめながら、自分が警察に追われていることを知ると、「お姉ちゃま、どうしよう!?」とベッドサイドに駆けつける。最後は「ストロベリーのアイスクリーム頂戴!」と完全に子どもに返りながら、集まってきた人の輪に向かって純真な笑顔を向ける。
恐ろしい殺人鬼の心のなかの、無垢な心。まさに何が彼女をここまで追いつめてしまったのだろう?って感じ。
大好きな大女優ベティ・デイビスの本領発揮!こんな役、一体どうやって演じてるのか、もうとにかく脱帽!絶句です。見て震えろ!です。
これに比べたら渡辺えり子のアニーは....子ども騙しのステレオタイプにしか過ぎないよ....『ジェーン』と見比べて見てちょーだい!......
だから、人間の心の奥をきちんと描いていないから、ただの悪趣味、ただの気違い、ただの三流ホラー作品だった。
それは、渡辺えり子の演技力のせい?それとも演出が浅はかなの?もしやもしやスティーブン・キングの原作がその程度なの????
どうだった?とダーリンに聞かれ、「悪趣味だった」と答えたら、「そりゃあスティーブン・キングは悪趣味なんじゃないの?」と返される。
....そそそそうなのか!?みんな、悪趣味なものを欲しているの?
人間の心の闇をディープに描いてぞっとする体験より、表面的なスプラッタが好きなわけ??
つまり、『ジェーン』より『ミザリー』が良いの???
『ジェーン』を知らなくて『ミザリー』しかないんじゃなくて、敢えて『ミザリー』を選んでるわけ???ベティ・デイビスより渡辺えり子が良いと思ってるの????
売れてるってそういうことだよね???
だとしたら、いや〜世の中、生きにくいはずだわ!
私は『ジェーン』=ベティ派って方、慰め合いましょう....
関連する記事へのリンク(別ウィンドウで開きます)
■スティーブン・キングの原作『ミザリー』(文庫);読むのを止めはしません....私は読まないけど。
■キャシー・ベイツが主演で映画化もされていると。『ミザリー』(DVD);こっちの方が面白いんだろうか。そうだといいなぁ。
■稀代の名作、これを見ずしてサイコスリラーを語るな。泣く子も黙る『何がジェーンに起ったか』;ベティ・デイビス、最高です。
スティーブン・キングというのは大変人気のある作家のようだが、純文学派のハシモトとしては例によって読んだことがない。だから「あの小説を舞台化!?」という期待感は全くなくて、じゃあなんで見に行ったかというと、企画として興味を持ったのだ。
演劇なんて見たことがない人も、「スティーブン・キングのあの」であれば足を運ぶのかな?しかも役者がまた「渡辺えり子」「小日向文世」だもんな。そこそこの出来は期待できるのではないか?
念のためダーリンを誘ってみるが、あまり興味はないらしく、同行は遠慮された。私よりはスティーブン・キングに興味ありそうと思ったんだけどな〜??
平日、18:30の新宿。大嫌いな汚い町の、汚い一角、シアターアプル。ホント最悪の汚さよね、新宿。大嫌い。
こんな時間に見にくる客は誰だろう?と思って場内を見回すと、これが結構年齢層高め。おじさん多し。へ〜。これが、アプルの客層なのか、渡辺えり子のファンなのか、「スティーブン・キング」だから集まった客なのかは全く不明。みんな仕事してなくて大丈夫なんだろうか?
話は、知っている方も多いかも知れないが、念のためさらっと書いとくと、ハーレクインみたいな大衆レディースロマン小説作家として成功しているポール(小日向文世)が、田舎で自動車事故に遭う。助けてくれた元看護婦アニー(渡辺えり子)はポール作品の大ファンなんだけど、ポールが大好きなシリーズ「ミザリー」を終わらせようとしてると知ると、続きを書かせようとポールを監禁、あの手この手で脅す、というもの。
で、どうだったかというと、う〜ん。全然ダメだったぁ〜
まず、渡辺えり子のアニーが怖くない。
いや、斧を持ち出してポールの足を切断したり(それを舞台上で「やる」)、そう言う意味では怖いんだけど、怖いだけっていうか。ただの過激な人って感じで全然共感できない。
私の想像していたのは(そして期待していたのは)、愛と憎しみ、尊敬と軽蔑が表裏一体であるところの狂気、その恐ろしさだったんだけど....
つまり、端的に言うと、『何がジェーンに起ったか?』(What ever happened to Baby Jane?)のベティ・デイビスを私は期待してた!
これ、見た??見てなかったら絶対見て!!!名作です。これを見ずして人間の狂気を語るな、描くなって感じ。
もうものすご〜〜〜〜〜〜〜〜く怖いから!人間の業の深さ、恐ろしさ、心の闇を描ききって、哀しい。愛おしい。尋常じゃない。
有名になった女優の姉に嫉妬し、憎み、痛めつけ、追いつめながら、自分が警察に追われていることを知ると、「お姉ちゃま、どうしよう!?」とベッドサイドに駆けつける。最後は「ストロベリーのアイスクリーム頂戴!」と完全に子どもに返りながら、集まってきた人の輪に向かって純真な笑顔を向ける。
恐ろしい殺人鬼の心のなかの、無垢な心。まさに何が彼女をここまで追いつめてしまったのだろう?って感じ。
大好きな大女優ベティ・デイビスの本領発揮!こんな役、一体どうやって演じてるのか、もうとにかく脱帽!絶句です。見て震えろ!です。
これに比べたら渡辺えり子のアニーは....子ども騙しのステレオタイプにしか過ぎないよ....『ジェーン』と見比べて見てちょーだい!......
だから、人間の心の奥をきちんと描いていないから、ただの悪趣味、ただの気違い、ただの三流ホラー作品だった。
それは、渡辺えり子の演技力のせい?それとも演出が浅はかなの?もしやもしやスティーブン・キングの原作がその程度なの????
どうだった?とダーリンに聞かれ、「悪趣味だった」と答えたら、「そりゃあスティーブン・キングは悪趣味なんじゃないの?」と返される。
....そそそそうなのか!?みんな、悪趣味なものを欲しているの?
人間の心の闇をディープに描いてぞっとする体験より、表面的なスプラッタが好きなわけ??
つまり、『ジェーン』より『ミザリー』が良いの???
『ジェーン』を知らなくて『ミザリー』しかないんじゃなくて、敢えて『ミザリー』を選んでるわけ???ベティ・デイビスより渡辺えり子が良いと思ってるの????
売れてるってそういうことだよね???
だとしたら、いや〜世の中、生きにくいはずだわ!
私は『ジェーン』=ベティ派って方、慰め合いましょう....
関連する記事へのリンク(別ウィンドウで開きます)
■スティーブン・キングの原作『ミザリー』(文庫);読むのを止めはしません....私は読まないけど。
■キャシー・ベイツが主演で映画化もされていると。『ミザリー』(DVD);こっちの方が面白いんだろうか。そうだといいなぁ。
■稀代の名作、これを見ずしてサイコスリラーを語るな。泣く子も黙る『何がジェーンに起ったか』;ベティ・デイビス、最高です。








